大阪高等裁判所 昭和29年(ラ)188号 決定 1955年2月12日
抗告人 蒔苗きぬ
訴訟代理人 関家寛
相手方 潮田佳江
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告理由は別紙記載のとおりである。
本件は相手方潮田佳江が、抗告人との間に成立した灘簡易裁判所昭和二八年(イ)第四五号執行力ある和解調書正本に基き、抗告人に対し家屋明渡の強制執行をしようとしたところ、抗告人は、これに対し、同裁判所に請求異議の訴(同裁判所昭和二九年(ハ)第一三六号事件)を提起し、且民事訴訟法第五百四十七条第二項に基き強制執行停止の申立(同裁判所昭和二九年(サ)第六一号事件)をし、同裁判所はこれを容れて、明治二十九年九月三十日右債務名義に基く強制執行の停止決定をした。ところが相手方潮田は、その強制執行停止決定に対し、神戸地方裁判所に、即時抗告(同裁判所昭和二九年(ソ)第三号事件)の申立をし、同裁判所は、その即時抗告を適法且理由ありと認めて、同年十月十九日右強制執行停止決定を取消す旨の決定をした。そこで抗告人から右相手方の即時抗告は不適法のものであるのに、これを看過して執行停止決定を取消した原決定は違法であるとして、再抗告の申立をして来た事件である。
而して抗告人は、相手方潮田佳江の原裁判所に対する即時抗告が不適法であるといふ理由として、民事訴訟法第五百四十七条第二項以下に基く強制執行停止決定は、本案判決を為すに至る迄の一時的応急の措置として為されるものであつて、独立した裁判と云ふことはできない。そうして同法第五百五十八条は、独立した裁判に対し、即時抗告を許す法意であるから、右強制執行停止決定に対しては、同条による即時抗告は許されないものであると云ふ。それで先づ此点につき考ふるに、民事訴訟法第五百四十五条の請求に関する異議の訴を提起したものからの申立により、同法第五百四十七条第二項以下に則り、強制執行停止決定がなされた場合その停止決定は、将来なされる異議の訴についての裁判の実益を無に帰せしめないように、その裁判の宣告あるまで、執行を一時停止して異議者を保護しようとするものであつて、一時的応急的な性質を有する裁判であり、請求異議の訴に附随するものであることは、抗告人の主張するとおりである。しかしながら、右停止決定は、当該裁判所において、異議のために主張された事情が、法律上理由ありと見えるかどうか、事実上の点につき疎明があるかどうか、また保証を立てしめ、若しくは立てしめないでするかどうか、といふ独立の事項について判断を加えて、為された仮の処分であつて、しかも、それは訴訟手続たる異議の訴に附随するものとは云へ、それ自体は、訴訟手続に関する裁判ではなく、むしろ、強制執行の一時的停止を目的とする意味において、強制執行の手続に関する裁判であることは明であり、且口頭弁論を経ずして為すことができるものであるから、同法第五百五十八条による即時抗告の対象となる要件は完全に充足しておるものといふべく、他に不服申立を許さないといふ特別の規定もなく、また同条の適用を排除すべきものとする充分な根拠も発見できないのである、却て、右執行停止の裁判には、前記の如き独立の判断事項(要件)について認定が加へられてゐるのであるから、もしその認定にして争いがあるならばその是非につき上訴審の審理を求める必要性と合理性が存在するのである。(この審査は抗告人のいふ如く不能のものではない)即ち執行停止制度は、もとより、主としては、債務者(異議者)保護のために設けられたものといえようが、同時に債権者の利益をも、考慮されなければならない。もし誤つて同法第五百四十七条第二項の要求する要件を欠く申立が認容されて、停止決定がなされたような場合、債権者の正当な利益を保護するために、これが救済の途、不服申立による再審査の途を設けなければならない。たとえ、一時的な裁判だとはいえ、この途を全くとざすことは、債権者の正当な利益保護の見地から相当とは云えないであろう。
またこの必要性は、誤つて執行停止の申立が却下された場合における債務者の利益保護のためにも、同じことが云える訳である。このことは、単に債権者又は債務者の保護といふ見地からばかりでなく、元来執行停止なる仮の処分は、債務名義の執行を一時停止する例外的な裁判であるから、もし、それに誤りがあるならば一刻も早く、之を取消して執行の続行を許すのが強制執行本来の目的に合致するものであるから、実質的にも、前記執行停止決定に対しては、不服申立の途を設くべきであつて、同法第五百五十八条の適用を認め、即時抗告ができるものと解するのが相当である。
それで、抗告人の本件停止決定について、同条の規定を適用することはできないとの主張は、同趣旨の説もないではないが、当裁判所の左袒しないところである。
尚抗告人において、直接触れてはゐないが、同法第五百四十七条第二項以下による執行停止決定に対しても、同法第五百条第一、二項によるそれと性質上の差異がないといふ理由から、同条第三項の規定を類推適用し、不服の申立を許さないとの有力な学説や下級裁判所の判例があるのであるけれども、右第五百四十七条第二項以下による執行停止決定に対し、同法第五百五十八条の規定の適用を排除すべき積極的な根拠に乏しいことは、前段説示のとおりであつて、之については右第五百条第三項の如き不服申立を禁じた特別の規定は存しないのであるから、これに対しては右第五百五十八条により即時抗告による不服申立を許すべきだとの反対解釈ができるのであつて、結局この問題は、単に法文の形式的、文理的な解釈論だけでは窮極的な解決に達することは困難でその必要性、合目的性、当該当事者の利益等を比較考慮してこれが類推適用の当否を決するのが、一層合理的な方法であると云わなければならないのであるが、当裁判所は前段で詳説した如く、右第五百四十七条第二項以下による執行停止決定に対して不服申立の途を開くことが、当該当事者の正当な利益を保護する見地からみて必要であるのみでなく、またかくすることが、強制執行の本来の目的にも合致するものと考えるので、右執行停止決定に対して、同法第五百条第三項の規定を類推適用し、不服申立を許さないとする説には、賛成しないのである。
抗告人は、又執行停止決定に対して不服を申立てて争ふときは本案と同時に停止についても裁判せざるべからざるに至り一時的処分たる停止決定は、その従属性を失ふといふけれども、本案手続で審理するところと、執行停止手続で審理するところは、その対象並にその手続が異つてゐて、抗告人がいふが如き虞あるものでないことは、上来説示するところで自ら明であろう。以上のとおり本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、費用の負担に付、民事訴訟法第八十九条に則り、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 田中正雄 判事 藤田弥太郎 判事 平峰隆)
抗告申立の事由
一、本件に付神戸地方裁判所が灘簡易裁判所の為したる強制執行停止決定を取消したるは違法である。蓋し民事訴訟法第五四七条第二項に則り為されたる強制執行停止決定は本案判決を為すに至る迄の一時的応急の措置として本案裁判所が其自由なる心証によりて為さるるものであつて独立したる裁判と云ふを得ない。強制執行停止決定に対し不服を申立てて争ふときは本案と同時に停止に付ても裁判せざる可らざるに至り仮りの一時的処分たる停止決定は其従属性を失ふに至る。斯かる結果は本案判決を待つ術も無くなる危険ありて法律規定の真意を誤るものである。されば民事訴訟法第五五八条の法意は独立したる裁判に対し許さるべき法意なりと解すべきものと思料す。
二、強制執行停止決定に於て申請の理由ありや否や並に保証に付ては本案裁判所たる裁判官の自由なる心証に基いて為されるものであるから之に対し其当否を論議するは難事中の難事であり一応不能に属するものと考へられる。之を求めて停止決定に対する批判を要求する抗告は其れ自体意味を無さないものである。